ナイフとの出逢い

みなさまから投函いただいた、
ナイフとの思い出を綴ってみました。。。

ナイフとの出逢い NO,4 【平成18年5月16日〜平成20年12月26日】
私は、昭和34年生まれの「夢見る不良中年」です。

我々の年代における"ナイフとの出逢い"といえば、ナイフというよりも単に刃物と言
ったほうがピンとくるであろう。この頃の時代の遊びは、何でも作り出すことから始ま
るのだが、材料の調達から製作、加工といったことを子供なりに工夫をこらして、うま
く作り上げていろいろな遊びをしていたものであるが、その作業に必要な物といえば、
刃物は「肥後の守」が代表であり、他にはカミソリの刃のようなものがついたナイフ(正
確な名前は不明)を使用していた。チャンバラごっこに使う刀や探検ごっこに使う弓や
矢などを器用に作り上げ、毎日、暗くなるまで遊んでいた。

そんな充実した子供時代を過ごしてきたものだから、この年になってもいまだその頃の
精神年齢のままなであり始末に悪いことこの上ない。「大人と子供の違いは、持ってい
る玩具の値段である。」というが、言いえて妙である。

現在は、"釣り"と"狩猟"を趣味としており、そのどちらを楽しむにしても、ナイフ
は必需品である。狩猟におけるナイフの存在は銃と同様に勿論大きいものがあるが、釣
りにおいても(特に渓流釣り)その存在は、狩猟と同様に大きな役割を担っている。

それでも狩猟を始める前のある時期までは、せいぜい魚の腹を割く程度の物でこと足り
ており、小型の安価なナイフやカッターナイフで済ませたりもしていたのであるが、本
当のナイフを必要とし且つ、自分にとっての本当のナイフを持つ時機を迎えたのが、秋
田県に転勤したときであった。

その頃の釣りは、渓流釣りをメインとしており、赴任先に渓流釣りを得意とする部下が
いたことから、休日は秋田県内の方々の川に案内されて大いに秋田の川を堪能すること
ができたのであるが、そこは秋田である。山が深いのである。マタギの聖地である。岩
魚も釣れるが熊も出るのである。

行く川、行く川のあちらこちらで熊の足跡(手もあり)を頻繁に見かけ、魚の釣れる嬉しさ
に反して、熊の恐怖を身近に感じるようになり、せめて何か刃物でもと考えるようになり、
本物のナイフを探すようになりました。敢えて 「本物」というのは、実用に耐え得るもので
なければアウトフィールドでは通用しない という信念からのものであり、それまでの経験等
からの結論でもありました。

そこで、創刊号から欠かさず愛読している「ナイフマガジン」や他のナイフ関連の雑誌
に何度も目を通して、一本の大型のナイフを購入することにしました。
特殊部隊員の経歴を持つ、ある日本人がデザインしたサバイバル・ナイフであるが、そ
の実用性と耐久性から現在も現役で活躍しているが、秋田県在住の期間は、本当に
世話になったナイフである。

その後、銃を持ち、狩猟を始めたのを機に、ハンティング・ナイフも新たに購入、さら
には念願だった"B社"のサバイバル・ナイフ(米海軍特殊部隊シールズ採用)を購入
し、狩猟で山入りする際には、銃に並び心強い相棒となっています。

川釣りや狩猟、山菜採りの際の装備は、大型ナイフ、ハンティング・ナイフ、山菜ナイ
フやツール・ナイフその他となり、マダイ釣りが大半となる海釣りには、Gサカイ社の
フィッシング・デバやサシミを専ら愛用し、現在までに何百枚というマダイの血抜きの
作業などに使用し、その使用感の良さには大変満足しております。

いずれにせよ、ナイフに関しては、そのフィールドによる使い分けは当然のことであり、
一本のナイフですべてをカバーすることは矢張り無理なことである。よって、数多くの
ナイフを持つことは、男として当然の嗜みである。と、多くのナイフを持つことの言い
訳に熱弁を振るい、妻に呆れ顔をされたりしていますが・・・。

そんな私の数多い"ナイフとの出逢い"の中で、もっともインパクトが強かったナイフ
といえば、サバイバル・ナイフである。

「使えないナイフ」の代名詞みたいに多くの人から言われているサバイバル・ナイフで
あるが、私は決してそうは思わないし、今後もそう思うことはないだろう。
多くの人がナイフに目覚めるキッカケになったのは、サバイバル・ナイフによるところ
が大きかった筈であり、誰もがサバイバル・ナイフにあこがれた筈である。

それが、オリジナルの高価格、レプリカの貧弱さ、使いこなせない、犯罪に使用される
などして悪役のイメージが強くなったこともあってか、その大きさゆえからか、「使え
ない」「実用性がない」「重い」「物が切れない」等々、聞くに堪えないような悪評ばか
りで、サバイバル・ナイフを長年にわたり使用し、現在でも山入りする際には絶対に
その携帯を欠かさない者としては悲しいかぎりである。

確かにナイフは"道具"である。うっかり擬人化して考えてはいけないのであるが、自分
の中にある"サバイバル・ナイフ"は、他の種類のナイフとは明らかに違うのである。
自然の真っ只中に在っては「お護り」なのである。「心の拠りどころ」なのである。

少なくとも、自分が使用しているかぎりにおいては、十二分にその機能を発揮してくれ
ており、如何なる場面においても裏切られたことは一度もなく、私自身、"サバイバル・
ナイフ"に秘められたポテンシャルには未だに魅了されてやまないのである。

野営するための材料の伐採や切り出し、焚き火するための薪の調達、通常のナイフとし
ての食料等の調理、何かを切る等々、サバイバル・ナイフでできないことはない。
ただし、だからと言って「どんな物」でも切れるのか?、叩き切れるのか?と言われれ
ば、それは「ノー」である。

荒っぽい使い方ができないようでは"サバイバル・ナイフ"とは言えない!と、よく耳
にするが、それでは、"斧"を"サバイバル・ナイフ"と呼ぶべきではないか?という
短絡的な結論になってしまう。ハンド・アックスあたりがサイズ的にちょうど良い。な
どとなってしまうのかもしれない。物を叩き切れるものだけが"サバイバル・ナイフ"
と呼ばれるものではないのである。ナロータングであるがゆえの脆弱さ。では、フルタ
ングにすればすべて解決されるのか?というと、これもまた「ノー」である。

その刃物が本来持っている性格に合った使用をしていれば、何ら問題はないのであって
不測の事態に遭遇した際に、手許にある道具を使い、如何に、効果的にその性能を
発揮させてその場を乗り切るかは、"サバイバル・ナイフ"云々よりは持ち主の能力次第
であり、大事な道具であるナイフを極力損傷なく使いこなせるようにならなければならな
いと思っている。

道具を大事にする姿勢は、"マタギ"を見習いたいものである。あるマタギが狩の最中
に不覚にも山中で"ナガサ"を紛失し、狩が終わり里に帰ってきてから紛失に気づき、
すでに日が暮れて山は夜の闇に包まれてしまっていたが、マタギの命とされる"ナガサ"
を失くしたとなれば、マタギとしてこの上ない恥であるばかりか、マタギとしての真偽
を問われることにもなるのである。

夜とはいえ、狩場である山奥に探しに戻り、明け方にようやく見つけることができた。
このように己の命を守ってくれる大事な道具に対する気持ちは、私もマタギ同様に
持ちたいと思っている。

「たがが道具」「たかが刃物ひとつ」といえども、持ち主の精神に通ずるものであるの
だから。

鬼刃さん   平成20年12月26日



その昔、某高級ウイスキーのCMで、ボトルの帯封をナイフで切って開けるシーンがあって、
そのワイルドな雰囲気に、当時まだ小学生だった自分は、子供心にずいぶん憧れたもの
でした。

時は流れ、中学3年の終わり、高校も決まって少しホッとした頃、生まれて初めてバイト
して得たお金で、初めてのシースナイフを買いました。それは、当時ガンマニアだった自分
が、良く通っていたモデルガンショップのウインドーに並んでいた、今思えば、かなり安いナ
イフでした。でも、スタッグのハンドル、革のシースには鹿をデザインした刻印。いかにもワ
イルド心をそそるナイフでした。

それまでの自分にとって、ナイフといえばボンナイフで、肥後守の世代ではありませんでし
た。だからこのナイフで研ぎも覚えました。初めて砥石を買ったのも、この頃でした。でも、
憧れだけで買ったまでは良かったのですが、いったい、このナイフで何をしたらいいのか。
当時から、筆記具はシャープペンシルが主流で、鉛筆を削る機会はほとんどなく、また
リンゴを剥くには刃が厚過ぎて、果物ナイフの方が、はるかに使いやすいのでした。

結局このナイフは狩猟ナイフで、中学から高校に上がったばかりの自分には手に余る、
ワイルド過ぎる代物でした。 本当に使えるナイフが欲しい。そう思い始めた頃、愛読
していたガン関係の専門誌の広告ページに、目が引き付けられました。ガーバー・シル
バーナイト。手頃なサイズのフォールディングナイフ、日本刀の血筋を引く鋼材、世界
の一流品と肩を並べる品質。読んでいるうちに、欲しくてたまらなくなりました。

『ワイルドな奴』を買ったショップにも、シルバーナイトは並んでいて、値段は『ワイルド』の
4倍くらいしました。でも、迷いはありませんでした。バイトの給料が出た日、その足で買
いに行きました。200Aアバロン。そのショップに残った最後のシルバーナイトでした。

期待通り、手抜きなしの精巧な作りで、美しいアバロンのハンドルも魅力的でした。しか
もポケットの中でも邪魔にならないこいつは最高の相棒となり、どこに行くにも一緒でした。

使い途は、爪を切ったり、ポテトチップの袋を開けたり、本当に雑用ばかりでしたが、うまく
研げた時は嬉しくて、これでヒゲを剃った事もありました。丁寧に研げば、そのくらい良い刃
が付くナイフでした。しかも、小さいのに非常に頑丈でした。今思えば若気の至りと言うし
かないですが、手裏剣の様に投げて立木に突き刺したりもしていましたが、ガタひとつ発
生しませんでした。

でも、そんな無茶がいつまでも続くわけもなく、ある日、投げたナイフがうまく刺さらず地面
に落ち、拾った時は刃先が折れていました。刃が棒になるまで研ぎ減っていました。親友
を傷付けて絶交された時の様な思いでした。取り返しのつかない事をしたと、心から後悔
しました。

あれから、様々なナイフを買いました。買ったナイフを使う目的で、キャンプや釣りを始め、
それがきっかけで完全に釣りキチになるという、予想外の事もありました。

キャンプ道具も釣り道具も、自分でメンテナンスしながら大切に使っています。旧式のガ
ソリンストーブもベイトリールも、今では自分の身体の一部の様に馴染み、愛着もあって
手放せなくなりました。

道具は大切に扱えばちゃんと応えてくれる。シルバーナイトが教えてくれた事です。仲間
内では、骨董キャンパー、骨董アングラー、という事になっている様ですが。

加藤さん 平成20年8月27日


僕のナイフとの出会いは、お父さんとキャンプに行ったときです。
お父さんはナイフで木を切ってたき火をしたり、パンやトマトを切って料理したりしました。
お母さんは家で留守番をしていましたが、お父さんに包丁は使わないから持っていかな
いと言われたそうです。
 
僕はお父さんがナイフを使っているのを見てナイフがほしくなりました。そしたらお父さんが、
てんとう虫というナイフを買ってくれました。僕はうれしくて、えんぴつを削ったり段ボールを
切ったりして練習しました。

キャンプのときにそのナイフをもってたき木を探していたら、突然ヘビが出てきて、僕はびっ
くりして走って逃げました。そのときにナイフを落としてしまいました。僕はお父さんと探し
ましたが見つかりませんでした。

お父さんに怒られると思ったら、お父さんはナイフは山では命を守るものだから、絶対に
手ばなすなと言うことと、ヘビがいたら無視して通り過ぎろと教えてくれました。

僕はお父さんがいつも家でナイフの手入れをしている気持ちが分かった気がしました。
僕はあのナイフが今でもあの山で僕が迎えにくるのをまっているような気がして、申し
わけない気持ちでいっぱいです。これが僕のナイフとの出会いです。

斉藤さん(10歳)  平成20年1月30日


私とナイフとの出会いの記憶は、幼少時にまでさかのぼります。
私が幼稚園児だったころでしょうか?

散髪屋を営んでいた父は(理容院、というのではしっくりこない人でした)家にあった刃物
とという刃物を、研いでおかなかければ気が済まないらしく、母の使う包丁までもがカミソリ
のごとく研ぎ澄まされていたのです。「うちの包丁はよく切れる。」と、少し自慢げに言う母
をよく憶えています。

で、常々その切れ味を試してみたいと思っていた私は、とうとうそれを実行したのです。何
しろ幼稚園児の考えることです。

何か、物を切ってしまえば怒られる、じゃ、自分の体で試してみようと、私は己の右の手
の甲に包丁の刃を当てたのです。3センチほど、右手の甲は切り裂かれました。
痛みはなかった。が、一瞬の間をおいてあふれ出た血に驚いて、思わず泣いてしまいました。
こっぴどく叱られたのは言うまでもありません。

かくのごとく、刃物に囲まれた少年時代でした。
小学校にあがれば、鉛筆を削るのに肥後の守は必須の道具でしたし、中高、大学と武
道をたしなみ、刃物に対する世間一般のような忌避とは無縁だったのです。

いまでも、身の回りにはナイフを始め、いろいろな刃物があります。これからもナイフとは縁
が切れないでしょう。

最後に一言。”自分のナイフもろくに研げない奴は一人前の男ではない。”

 濱岡さん  平成19年10月5日


私のナイフとの出会いは、小学校2年生、学校の前の文房具屋で買った「ボンナイフ」だった。
「ボンナイフ」とは、両刃カミソリのような薄い刃の折りたたみナイフだ。
「ボンナイフ」は刃が薄いので切れ味がよく、おもに鉛筆を削るときに使ったものだ。

その後、祖父が「肥後の守」を使っているのを目にし、刀のような刃の形が気に入り自分
でも買ってみた。しかし実際に使ってみると「肥後の守」は折りたたみ式の刃のストッパー
がなく、工作などでは少し扱いにくかった。

そこで新しく買ったのが「切り出し小刀」だ。「切り出し小刀」は刃が安定していて、工作
にはずいぶん重宝した。竹とんぼの羽をうすくうすく削って飛ばしてみたら、飛び過ぎて2
階建ての隣家の屋根を 越えてどこかへ消えてしまった思い出がある。

その頃だったか、「カッターナイフ」が売り出された。「カッターナイフ」は切れなくなった刃を
折り、新しい刃先を使うという画期的なものだったが、私はナイフとは、祖父の「肥後の
守」のように何回も砥いでいつまでも大切に使うものだというイメージがあり、刃を使い
捨てにする「カッターナイフ」が好きになれなかった。

ナイフは合理的な道具という面だけでなく、持つ喜びや、切れなくなったら砥いで使っていく
うちに自分になじみ、自分と一緒にいろいろな思い出を刻んでくれるものだと思う。

島村さん  平成19年6月17日




私は昭和43年生まれ、現在38才の2児の父親ですが、同世代のナイフファンの多くの方が
そうであるように、ナイフとの出逢いはズバリ中学時代に公開された「ランボー」でした。劇中の
あらゆる場面で大活躍する「ランボーナイフ」は、私のそれまでのナイフ観、「ナイフは何かを
傷つけるもの、何かを壊すもの」を「何かを造るもの、生み出すもの」へと変化させました。
あのような大型ナイフが果たして実用的か?などということは考えもせず、ただひたすらサバイ
バルナイフに憧れたものです。そしてとうとう最初の1本を手に入れました。レブリカのランボー
ナイフです。
 
夢にまで見たランボーナイフでしたが、特殊部隊隊員でもない私が釣りやキャンプなどの現場で
使うのはやはり不自然で、使い勝手の悪さを痛感するようになり、私はいつしか「本当に使える
ナイフ」を求めるようになりました。そして某アウトドア雑誌に載っていた通販店で「AMERICAN
BLADE」というナイフを購入したのです。細身のフォールディングナイフで、釣りや細かい作業に
うってつけのデザイン。これが実用ナイフとして初めて出逢ったナイフです。非常に鋭利で、ロックも
頑丈、川で釣ったイワナやウグイをその場で処理する私の姿に、友人たちは注目したものです。
 
 やがて高校へ進学した私は、山岳部へ入部し、毎月のようにアウトドアライフを満喫していま
した。その際にも「AMERICAN BLADE」は必携で、焚き木の準備はもちろん、テント設営地の
草刈りや、もの干し用のロープ切り、食材加工、木を削って杖作りと、あらゆる作業に多用しま
した。実はそのナイフは今も現役で、研ぎ減りしているものの各部のガタつきもなく、釣りや
キャンプの必需品となっています。そしてそのナイフが25年前のG・サカイ製の輸出用モデルで
あったことを知ったのはつい最近のことです。
 
 社会人となり、自由なお金を手にした私は、毎年、少しずつ新しいナイフを購入しました。
どれも「ランボーナイフ」での教訓を生かしたセレクトで、ウッドやスタッグハンドルのシンプルな
アウトドアナイフです。
 
現在の私の楽しみは、二人の息子に野球や釣りを教えるのと同じように、ナイフを教えること
です。はじめて本物のナイフを見た息子たちは、一様に「恐い」と言う表情でしたが、私が角材
からスプーンを削り出したのを見て、「ナイフは何かを傷つけるもの、何かを壊すもの」ではなく
「何かを造るもの、生み出すもの」と理解してくれたようです。そんな息子にはてんとう虫を買い
与えました。
 
 時が過ぎ、かつて「ランボーナイフ」に憧れた少年は大人になり、父親になり、数十本のナイフと
共に人生を楽しんでおります。自宅でも時折ナイフを手にしては、やがて訪れるキャンプシーズンへ
の夢を膨らませておりますが、それは少年時代に「ランボーナイフ」に馳せた想いとまったく同じです。
 
 現在「ランボーナイフ」は持っていませんし、今後、購入することもありません。しかし、私にナイフの
魅力を教え、そして「使えるナイフ」へ開眼させてくれたのは、まぎれもなく「ランボーナイフ」ですし、私
にとって「ランボーナイフ」は、永遠に憧れのナイフです。

斉藤さん  平成19年1月26日

 

私が初めて手に入れたナイフは、ビクトリノックス社製のスイス・アーミーナイフで、箱に「パイオニア」
という表示のあるものでした。もう30年も前になりますが、大学生のときに「Gun」という雑誌の
通信販売の広告を見て、確か2,500円プラス送料で手に入れたものです。滑り止めのチェックの
刻み目がある赤いアルミ製のハンドルに銀色の十字が映えて、とても素敵でした。 その後、大阪
近郊の山々にハンキングやキャンピングに行ったり、夏山登山で北アルプスに行くときは、必ず
ポケットに入れて持参し、みんなに自慢しては、「お前はナイフ男か。ナイフを使うために山に来とる
のやろ。」といわれ、一生懸命否定したものです。(でも本当はそうだったりして・・・)
 
 ただ、登山仲間に聞くと、「ビクトリノックス・ソルジャー」という名前はよく聞くけれど、「ビクトリノックス
・パイオニア」という名前は知らないというのです。その頃は私も純情な青年だったもののですから、
「ビクトリノックス・ソルジャー」という名前が正しくて、「ビクトリノックス・パイオニア」というのは、きっと
自分の思い違いだったと長い間思い込んでいたのですが、最近になってようやく「ビクトリノックス・
パイオニア」という製品が間違いなく存在するということを知りました。これも、こちらのホームページ
などでナイフに関する知識を深めることができたおかげだと有難く思っています。
 
 ともあれ、この「ビクトリノックス・ソルジャー」は、切れなくなれば研ぎ直して長い間使っていたため、
研ぐたびに大刃がだんだんと小さくなり、とうとう折りたたんだときに刃先がハンドルに収まらなくなって
しまいました。そのためポケットに入れて持ち運ぶには少し危険になったので、現在は自宅の食器棚に
常駐し、普段は果物むきなどに使用しています。しかし、まだまだ引退させるには惜しいので、再度
本来の野外活動に活躍の場を与えるべく、今度、ナイフエッジのシェープアップを行おうと思っていま
す。(そのことを家族にいうと、ナイフエッジのシェープアップよりも前に、自分自身のビール腹のシェープ
アップが先じゃといわれ、傷ついている純情な中年のおじさんです。)

 ペンネーム「大阪の林さん」  平成18年12月29日


私のナイフとの出逢いは、スタローンやシュワルツネッガーの映画には関係ないし、祖父や
父の影響でもない。それは、モデルガンとの決別からでした。

高校生の頃だったと思います。
その当時、モデルガンが好きで数丁を持っていました。が、ある日突然、モデルガンはいくら
精巧に作られていても所詮本物の道具ではない、道具としての使い道がない、実用では
ないから機能美がないということに気が付いたんです。あっという間にモデルガンが色褪せて
見えました。(モデルガン好きの人、ゴメンナサイ)

その代わりといっちゃ何ですが、少年雑誌のモデルガンの広告ページにいっしょに掲載され
ていたナイフの写真が目に入りました。その時、これは本物だと思いました。道具として本
物で、美しいと思いました。そしたら急に(ホントに急に)どうしても自分のナイフが欲しくなり、
無名の3000円くらいのフォールディングナイフを購入してしまいました。

その後、貝印のミニ・フォールディング、テクナ(シースタイプはこれだけ)、ヴィクトリノックス、そ
れにシルバーナイト(300Aウッド)と立て続けに購入してきました。その頃には大学生になって
てバイト代があったんだと思います。いろいろ調べてラブレスの存在を知りました。
440Cや銀紙1号、154CMやATS-34も知りました。30年ほど前の話しです。

その後しばらくはナイフから遠ざかってましたが、興味が無くなったからではなく結婚とかして、た
だ何となく疎遠になってただけだと思います。ところが今から一ヶ月ほど前のこと、あることがきっ
かけで『そういえば最近新しいナイフに出逢ってない』ことに気が付き、30年間の空白を埋め
合わせるかの如く、何か新しいナイフを買わなければという気がして、バックの500番シリーズ
タイプのナイフを衝動買いしてしまいました。

新しいナイフを手にしたとき、昔の感動が蘇って来た気がしましたね。子供がどうしても欲し
かったオモチャを手に入れたときの喜びです。更にここのサイトでホーンタイプのキットを購入
してしまいました。もうこうなると全く子供といっしょです。

ちなみにキットは初めてですが、時間をかけてじっくり楽しみたいと思います。刃長が2〜3
インチくらいのドロップポイントのフォールディングタイプが特に好きなナイフです。
なぜナイフが好きになったんだろうか?

よく分かりませんが、人類が手にしたものの中で一番最初でかつシンプルな部類に入るで
あろう道具の持つ機能美みたいなのが好きなんだと思います。手に持ったときの質感と見
た目の美しさが好きです。もちろん切れ味も。多分、これからも何本かのナイフを購入する
んだろうと思います。

とりあえずタカハシ・テネシーとかアイダ・トラウト&バードあたりがいつかほしいんですが・・・
ちょっと高い・・・(涙)
なにか自分を誉めるシチュエーションがあったときにでも買うかな(笑)

阿部さん  平成18年9月21日



こんにちは。オーストラリアで高校三年生やってます。こっちに10歳の時に来て8年になるんで
すが、僕のナイフとの出逢いは、二年前入った空軍士官隊のサバイバル訓練に行く際に買った
スペインのMuelaと言う会社の短めの刃渡り9cmほどのシースナイフです。ちょうど16歳の時で
すね。

店で色々触って見たときにゴム製のしっかりしたハンドルを触って「コレやコレ!」と日本語(正確
には大阪弁^^;)がポンと出て店員さんに首を傾げられたのを覚えてます。それはさて置きその
サバイバル訓練の話になりますが、本当にそのナイフのお世話になりました。

訓練の一部で「空軍パイロットが緊急脱出、パラシュートにてxxx森のある場所に降下したのを
トランシーバーによるパイロットとの通信のみを頼りにしてサーチ&レスキューを実行せよ」みたいな
シナリオだったのですが、どうもパイロット役の子がドジって骨を折ったらしく結局本当のレスキューに
なってしまいました(笑。それで10kmほど熱帯雨林の中をガシガシ歩いて2,3時間、その際に友人
の足がワイヤーに絡まって抜けなくなった時(んなもんなんで落ちてるかな・・しかも絡むし)もこのナ
イフで切断出来ることが出来ました。

それでも切れ味が落ちてないのを見ると感心して、「これは一生モンやなぁ」と思いました。で、
ようやくたどり着いた所、なんか大げさにトランシーバーで騒いでたにも関わらず、足首をぐねった
(普通骨折れてたらちょっとでも自分で動かされへんわ!)だけみたいで、適当に皆で持ってきた
ポリシートと丸太二本調達してきて担架を作って、「パイロット」を乗せて10kmまた引き返しました。

その時もシートを裂くのや、紐を切るのと、ナイフ一本で担架がスムーズに作れて嬉しかったです。
その夜焚き火のそばで料理をした時も、ナイフは一本あれば本当に便利な道具なんだと気が
つきました。

それからは気がつけばスパイダルコ、目に付けばガーバーなど、集める事も使う事も好きになりま
した。ポケットには毎日入れ替わりに違うナイフが入ってます(笑)。どんな時でも絶対に役に立つ
ものですから。           

ペンネーム「ナオ.H」 さん  平成18年6月12日


こんにちは!!

私のナイフとの出逢いは小学校4年生ごろでした。
昭和40年代生まれの私の世代では登山が良いものとして、かなり一般化してきたころの
ように思います。というのは私の手に入れることができた登山ナイフは美津濃のシースナイフで
およそ全長17〜18センチ、ブレード長10センチ程のものでしたが、これを小学校4年生が
購入可能だったからと思っています。金額は3千円ぐらいだったように思います。なけなしのお
年玉をはたいて購入しました。

弟と一緒にデパートの中のスポーツ用品店に出かけ、二人で神妙に、かつ期待感で店員さんに
「これください!」と告げ、不思議な感覚に包まれながら帰途につきました。このときの不思議な
感覚とは「神聖なもの」「命にかかわるようなもの」「刃物というもの」「子供が手にしてよいのか?」
などいろんなものが混ざり合ったような感覚でした。

当時は早く使用したくて少年用冒険本を読んで探検本を読んで、毎日、毎日ナイフを触り
ながらそのときを心待ちにしておりました。そして、1年半後の夏にようやくナイフの出番がやって
きたのです。近くの山にカブトムシをとりに出かけたとき腰にナイフを携帯して出かけました。もち
ろん現場で出番は少なかったのですが、それを身に着けている私に酔っているような感覚でした。
友人たちに羨ましがられたのを強く印象に残っております。

その後度々シースから出しては触り、意味もなく紙を切ってみたり、鉛筆を削ってみたりしました
が、小学生が単独で登山やキャンプに出かけることはなく徐々に冒険願望も欲望の心奥底に
しまっていくようになりました。(私の父は登山に私を連れて行かないタイプだったのです。)

そして、月日が過ぎ私は高校2年生になっていました。サッカー少年だった私は同じサッカー部
の友人と自転車で富士のふもと河口湖へサイクリングに行く予定を計画しました。千葉県住民
の私にとってはかなりの距離になると思いましたし、旅中に何があるかわからないと感じましたの
で、万が一のサバイバル用にナイフを持っていこうと思いました。
当時の私の頭の中にはシースナイフを所有していることが当たり前のように存在していたのです。

そして、本棚の本の上にホコリまみれのシースに入ったままのナイフをゆっくり手に取り、ほこりを
タオルで拭い取り、シースのボタンを「パッチッ!」をあけた時に気づいたのです。それは、当時
小学生だった私は子供ながらに、心の中で「このナイフを満足いくまで使用することができな
かった。」そのことを「後悔している自分がいる」と言うことに。。。

そして、ゆっくりとどきどきしながらナイフをシースから取り出しました。真っ赤に変わり果てた
ブレードがそこには在りました。もちろん、サイクリングにはもっていけるような状態ではなかった
のです。

スタッグハンドル(プラスチック加工もの)は問題ないのですが、ブレードが。。。。急いで掃除に
取り掛かりましたが、時すでに遅し。。。って状態に。。。
「後悔の念」とナイフに対しての「申し訳なさ」で涙が止まりませんでした。

私はこの経験をして思うことは、「ナイフ」は人のような「生き物」であると思います。私の心を
何かで埋めてくれる不思議な力を持ったもの。。。

長くなりましたが、これが私の「ナイフとの最初の出逢い」です。ナイフとはこれからも心して付き
合っていこうと思っています。

ペンネーム「あにじゃ」 さん  平成18年5月16日

ナイフとの出逢い NO,7 1 2 3 4 5 6


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