ナイフとの出逢い

みなさまから投函いただいた、
ナイフとの思い出を綴ってみました。。。

 

ナイフとの出逢い NO,5 【平成21年4月25日〜平成27年2月16日】


私とナイフの出会いは、幼稚園の頃でした。祖父が「お前が大きくなったら、これをやる」といって
見せられたホールデングナイフでした。

柄が木製で柄の両端に真鍮色の金属があるタイプでした。 祖父は八十八歳を目前にして
亡くなりました。小生も成人したので祖父の形見のナイフを探し たのですが、どうしても見つ
かりません。

そして、月日は流れました。ネット上で祖父の遺言のナイフと同型のナイフをみつけました。缶の
ケースにはいった大小のウインチェスターのナイフでした。しかも缶の絵が祖父と孫という小生の
関係に一致していました。運命を感じたので死ぬ思いで落札しました。

60歳の還暦祝いの記念に祖父との約束がついに果たされたのです。ナイフを受け取って、感謝
して満足して歓喜しました。そして、ナイフの魅力に取りつかれました。もともと料理が好きで
包丁は多数所有して いたのですが、還暦記念にナイフを収集したくなりました。

パキスタン製のマチェットに光が神々しく反射して神秘的なものを感じました。生死与奪という
言葉を想起しました。ナイフを所有することは責任をともなうことです。何よりも忍耐。刃の下
に心です。どんな理不尽なことがあっても、我慢に辛抱です。

土佐の二代義光が打ったへの字型の剣鉈を手にいれたときは歓喜しました。こんなに美しい
素晴しい物が人の手によって作り出せるものかと思いました。インド正規軍のセレモニー用の
大型ククリナイフは手でピカピカに磨きあげて抱いて寝ました。

本物のウイグルの英吉砂(インギサル)ナイフは、見れば見るほど、素晴らしいです。まさに
手仕事の極みです。精緻さとアバウトさ、つまり人間味を備えています。これは、機械では
出せない味です。

色々包丁はもっていますが、よく使うのはKAIの関の孫六とG SAKAIです。G SAKAIの
新聞紙が吸い込まれる様に切れるあまりの切れ味のよさに刺激されて堺孝行の包丁を集め
ました。これもよく切れます。G SAKAIが堺製造と勘違いしていました。G SAKAIが関に
あることは、後で知りました。

特殊なナイフを着想しました。サミットカーボン製のナイフです。 フルタング構造である程度の
重みがあり、軽快に使用できる軽さとバランスを備えたコンポジット複合ナイフです。

ナイフには切れるナイフと切れないナイフの二種類しかありません。人間も 切れる人と切れ
ない人の二種類しかありません。これが私のナイフとの出会いです。

                                 須知 さん  平成27年2月16日

注:サミットとは金属のネットを内部に含む耐熱セラミック構造で、カーボンとは炭素繊維強化
プラスチックのことで表面に炭素繊維のネット構造が見られとても美しい強い航空機や宇宙船
で使用される構造です。


今から30年近く前の話になります。

アウトドア系の店で偶然出逢った1本のフォールディングナイフ。
それに一目惚れしてしまいました。

当時の自分は就職したばかりの新人サラリーマン。
数万円のナイフを買うには相当の勇気が必要でした。
結局何度もお店に通い続けて、ついに買ってしまいました。
惚れてしまったから仕方ありません。

そのナイフ。
ハンドル材はローズウッド。
ブレード面には英文で
DROP HUNTER
HANDMADE BY
SAKAIMAKER
と刻印されていました。
確か銀紙一号という国産鋼材が使用されていると、店頭の説明書きにはありました。
とても研ぎやすい素材です。

携行するのに丁度よいサイズのこのナイフは、その日から毎日いつも自分のポケットに
収まるようになりました。 当時、出張ばかりだった自分には、どこに行く時も常に一緒。
それこそ相棒のようなものでした。

その後、自分はアウトドア系の仕事を転々としながら、海外の未開の国々をも歩き回
るようになりました。 中にはポルポト政権下のカンボジア(現ミャンマー)等の戦闘下の国
もありました。

ナイフもいろいろ入手しましたが、旅に出る時に1本だけ選ぶナイフは、いつも自分の
ポケットの中にいた、このドロップハンターだけでした。

このナイフを握った時のフィット感、安定感。
そして何より持っている事に対する安心感。
それが他のナイフには無い、一番の理由でした。

このナイフには、本当にたくさんの思い出があります。
他愛のないものから、それこそ身の危険を感じたものまで。
多くのシーンで役に立ってくれました。

酷使した結果、ブレードがガタつく様になった事もありました。
御社に修理に出したところ、完璧に元の状態に修繕されて戻って来たので感動しま
した。 おかげ様で30年経った今でも、しっかり現役です。何度も研いだ為、ブレード
の形は少し変わりましたが…。

歳とともに今では内勤の仕事に変わり、ナイフが必要になる現場に出向く事はなくな
りましたが、相棒は今でもポケットの中にいます。
自分の人生の半分以上を常に共に過ごしてきたこのナイフは、人生の最高の宝です。

                                 前田 さん   2014年12月17日     


私とナイフとの出逢いは、小学3年生ころ。それも、まず研ぐことから始まりました。

旧家の床下に転がっていた、先端から30cmくらいのところまでの錆だらけの軍刀が
初めてのナイフ(?)でした。父がそのナイフに木の柄をつけてくれ、そのナイフで
竹ひごを作って虫かごを作ったり、鉛筆を削ったりとかなり活躍しました。

ところが、さすがに短刀みたいなナイフは学校には持って行くことができず、
五寸釘を叩いて叩いて平らにし、それに刃をつけた「釘ナイフ」を作って鉛筆研ぎ用
にしました。釘は柔らかいので子どもでも結構思い通りの形になった気がします。でも、

当たり前のことですが、この「釘ナイフ」はどんなに研いでも切れ味は最悪でした。
ただ、母はペーパーナイフには調子がいいと言ってずいぶん長く使ってくれていた
ようです。

大人になって、子供らと釣りやキャンプに行くようになるとアウトドア用に何本かのナイ
フを購入しました。でも、それらのナイフは活躍する時は1年に2回ほど、あとは仕舞い

込まれているナイフです。いま、子どもが成長してキャンプに行かなくなるとほとんど活
躍する場がなく、油を塗られてもう何年も出番を待つだけの存在になってしまいました。

 

そして、最近、何に使うとも考えず、ただ、素材としてずっと気になっていて、値段もお手
頃のZDP-189がブレードのSpydercoドラゴンフライ2を購入させていただきました。
そして新発見です。

あ、あナイフとのこんなつきあい方があるんだと気づかされました。荷ヒモ、切ったり

菓子の袋開けたり、釣り糸(特にPE)切ったり…、すぐ身近にいて、サラッと手伝ってく
れるものなんですね。ナイフはデザイン(作り方)ひとつでこれほど身近な存在になれ

るものとは思いませんでした。私の生活の中でいつでも出番をソッと待っている存在。

たとえば、ボールペンのように、あるいはハンカチのように、必要なときすぐそばにい

て、当たり前に仕事をするナイフ。もっと早く買っておけばよかったと本当に思います。

 

包丁の機能ではなく、ナイフがナイフとして機能する大きさや軽さ、材質があることを

今更ながら気づかされました。さらに、だからこそこれほど多くのブレードの材質と大

きさと形やデザインがあることに納得がいきました。何を今更と言われそうですが、
何でも使ってみて、触れてみないと分からないことってあるんですね。
取って付けたようですが、今こそが、ナイフとの「大人の出逢い」ができた気がします。

 snail さん 平成26年5月22日
 



四十半ばのおっさんです。

ナイフとの出逢いを改めて思い起こしてみましたが、初めては小学校低学年の時分に、近所の年長者と伴に
裏山に遊びに行った際、肥後の守(その当時は、何か漢字の書いてあるナイフとしか思っていませんでしたが)を
ポケットに入れていたと記憶しています。
ただ、肥後の守を買った記憶がないので、多分、その頃まで同居していた叔父の持ち物だったのでしょう。

その後は、特にナイフを使うことがなかったため、筆箱の中にボンナイフが入っていた程度だったと思います。

ナイフのメーカー、ブランドを初めて意識したのは中学生の頃、知り合いからウェンガーを貰ったのが最初でした。
キーチェーンの付いたナイフでしたのでキーホルダーとして三十年近く使用し、今は机の引き出しに。

高校以降、記憶している限りではUSアーミーナイフを所持しておりましたが、父が紛失。
父は既に他界しておりますが、この時の父の申し訳なさそうな表情は今も記憶に残っています。

代わりに手に入れたのは、ガーバーサカイのフォールディングハンター(これは、10年以上使用していましたが、
旅先で紛失)。

続いて、仕事用にアルマーのシークレットサービスを購入。 このナイフは毎日の様に使い、使用に絶えないほど
研ぎ減りしてしまいましたが捨てられないです。

今は、ナイフを使う仕事から離れていますが、会社の引き出しにはスイスアーミーが入っており、仕事中の気休め
にこのナイフで鉛筆を削っています。

登山の時はウエストポーチにブレードの長いタイプのスイスアーミーが、そして緊急用にスパイダルコを、カナビラに
つけてテントからの脱出やロープの切断に備えていますが、こちらのナイフが役に立つ場面には出合いたくないで
すね。
こうして振り返ってみると、Gサカイのナイフは何本も手にしていますね。

その他、貰ったナイフ、拾ったナイフ、手放したナイフ等々がありますが、それぞれに思い出があり、手には幾つか
のナイフで誤ってつけた傷跡があります。
これから先、出逢うナイフは多くないと思いますが、それぞれに思い出が
刻まれると思います。

最後に、若パパの皆さん、親のためのキャンプ教室で習ってでもいいですから、子供の前でナイフを使い、その
有用性と危険性を合わせて教えてあげてください。
勤め先の新人君は私がナイフで鉛筆を削る姿をみて、「ナイフ持ってる、、、」と震えていました(笑)。

 「気がつけばオヤジ」  平成25年12月31日    


ナイフとの出合いは小学の中学年だったと思う。
私が小さい頃にはカッターナイフが主流で小学生の子供にナイフなどは、あり得ない時代になっていました。
だからこそ子供だった私ははナイフの存在が気になりました。

父親が海や山が大好きで自宅の倉庫には、それ用のナイフ、鉈、鎌などが有りまり幼心に危ない物だと思って
いましたが、気になる余り倉庫に忍び込みナイフを持ち出し裏山に行き草や木などを切り遊んでいました。
ナイフが有るだけで『探検ごっこ』から本物の探検をしている気分になりました。

そんな事を何度か繰り返しいるいるうに当然父親にバレ、怒られると思ったら『ナイフの正しい使い方を教えて
やる』と言われてナイフの持ち方、切り方、研ぎ方などを教わりました。

それから数日後、父親と一緒に釣りに出かけ釣った魚をその場でサバキ、水筒から取り出した氷でシメ、刺身で
食べる機会が有りました。子供の私はそんな事が出来る父親よりも、何でもできるナイフに改めて心がトキメキま
した。
帰り道にナイフの話ばかりしていたら父親から急に『大事にしろよ』と言われその時、父親が使っていたナイフ
を貰いました。

大人になり自分で釣りやキャンプをする機会が多く、ナイフの存在はとても大事な物です。 今でもそのナイフは
切れ味も良く現役で使ってます。
なんのナイフか気になり調べてみたらガーバー製のシースナイフでした。

                                  亀山さん 平成25年2月20日


私が最初にナイフに興味を持ったのは高校生の時でした。

どこかの文房具店に飾られていたコンパクトな文房具セットが欲しくて、小遣いをはたいて買ったのですが、その
中に片刃の短いナイフが入っていました。

それまで刃物類には興味がありませんでしたが、よく研がれていたその ナイフの切れ味には魅了されてしまいまし
た。 紙が割れるように切れる!しかし無謀にもそのナイフを研ごうとし て、刃をつぶして台無しにしてしまいました……。

 それからナイフに魅かれはじめ、大学生のときにBuckやGarberのナイフを何本か買いました。でも研ぎ方が
へたくそで、あまり切れ味が良くならなず、結局ほとんど使いませんでした。

それからしばらくして、新宿の加賀屋でMOKIの美しいフォールディングナイフを見かけました。ATS34のブレードで、
ハンドルがローズウッドのナイフでした。大学生にとっては高いナイフでしたが、あきらめられずに買ってしまいました。

それから何度も失敗しながら研ぎ方を習得し、20年以上、毎日使いました。アメリカでの10年間の生活にも
持って行き、数度の引っ越しでもこのナイフだけはなくすことはありませんでした。

今では子供の自由研究の工作 にも大活躍しています。しかし、かなり研ぎ減りしているのでそろそろ後継を買
おうと思っていました。そしていろいろ 調べているうちに、AIDA T&Bに行き着きました。

そういえばこれも昔欲しかったナイフでした。すぐに彫骨ハンドル のものを注文してしまい、先週ナイフが届きました!

閉じている時は無骨に見えますが、刃を開くと、優美な形の ナイフに変貌する。ここに魅力を感じています。注文
したVG-10ではなくATS-34のナイフでしたが、研いでみると、 手に持った髪の毛が切れるぐらいのすばらしい刃が
つきました。このナイフとも長くつきあえそうな気がしています。
            

                                        Miso さん 平成23年12月23日


私がナイフと出会ったのは、小学生の時で、一緒に釣りに行った友人がナイフを持っていて、そのナイフを使って藪を切り裂いて
釣りのポイントに入っていって、釣り用の袋を破る時も、釣りの餌を切る時も仕掛けを作る時も、そのナイフで作業していました。
すごく羨ましくて、すごくナイフが欲しかったのですが、如何せん子供なので購入する費用がなくいつも友人にナイフを借りて
作業していました。

その後、高校生になって、海で素潜りして魚を取る様になってからも、周りの友人や先輩はナイフを使って「魚をさばく」、「魚の
うろこを取る」「バーベキューの材料を切る」「箸を作る」等々いろんな作業をしていて、いろいろ教えて貰って、色々な作業が
出来る様になりました。

二十歳を超えた辺りからは、いわゆるバックパッカーとして東南アジアを中心に、旅行に明け暮れました。その中で現地の方々
や同じバックパッカーの方々とナイフについて、夜遅くまで談義する事もしばしばありました。

皆さん、すごくナイフを大切にしていて、でもお飾りナイフではなくて実用されているので、かなり刀身が減った物もありましたが
これじゃなきゃ駄目だという想いを伝えられる事もしばしばでした。

特にベトナムの山岳民族の家にホームスティさせて頂いた時は現地の方々がご自分で作られたナイフで、庭を走り回っている
鶏をしめたり山に生えている野草を取ったり大活躍していました。

そうこうしている内に、結婚して今1児の父親になりました。それからというものの釣りも、キャンプも、旅行も結婚してからは
遠くなって子育てと仕事に明け暮れる毎日を繰り返すようになりました。

そんな中、このホームページを拝見し、ナイフへの想いがこみ上げて、今までの記憶がフラッシュバックして鼓動が早くなるのを
感じました。

先日、ナイフを製作させて頂いて感じたのですが自分で作ると、作っている時から愛着が沸き作ってる最中から、「あれしよう」
「これしよう」と完成していないのに、想像が膨らんでいました。
製作させて頂いたナイフは、大切に使いこんでいこうと思っています。

あとナイフの、「素晴らしさ」「使い易さ」を周りにの人達に(自分の子供にも)伝えていけたらと思っています。

                                   P・N「ぶーひー」  平成23年9月1日    


私がナイフを始めて手にしたのは、小学2年生のときでした。

シャープペンシルが安価で買え、主流だったころに、当時通っていた学校の担任の先生の教育の一環だったのでしょう
か、
筆記用具は鉛筆、鉛筆削りに小さな小型の弱弱しい折りたたみナイフを使用させられてました。
実際は、2年生の子供に持たせるのですからナイフと呼べる代物ではなかったのですが、初めて自分専用の“刃物”を手に
日本人の血?、元鍛冶屋の孫の血?なのか“男”になった気がしました。

そして、夏休みに母方の実家へ遊びに行き、宿題をするために鉛筆をナイフで削っているのを祖父が見ていて、いまどきの
子供は刃物も使えず、使わせずの時代に偉いと褒められ、「そんなナイフではなくこれを使いなさい。」と祖父が自分で作り、
使用していた小刀をくれました。

その小刀は、廃校になる小学校にあった、ぜんまい仕掛けの大きな時計のぜんまいを切り、刃をつけ、それにあわせ鞘を作
成して使用していたもので、全長が20センチほどで刃渡りは6センチくらいの直刃だったと記憶します。

祖父は、その小刀を私と同様に鉛筆を削ったり、山菜を採るときに利用したり日常の道具として使っていました。
余談ですが、その小刀を持ったまま、だめとは知らずに飛行機に乗り、りんごを食べようとして機内で出してしまい大変なこと
になったことがあると母から聞いたとき、小学校の校長まで務めた人なのに常識が・・・と思ったものです。

昔は、祖父のことを頑固でおっかなく、ケチだと思っていました。何故なら、何かプレゼントをくれるときは、新しいものは買って
くれず、身に着けていたお古しかくれなかったからです。そんな祖父に疑問を持ったものでしたが今思うと、自分が大事にして
いる、思いが入ったものをくれていた気がします。
そんなこともわからず、いただいたもの(ナイフ・時計・ネクタイピン・カフスetc)全てなくしてしまいましたが・・・(じいちゃんすまん)

そんな思い出からか、ナイフ=道具(ある意味万能)と思い、釣り、キャンプ、BBQはもちろん、その時々にあわせて、ホール
ディング・シースナイフ・ツールナイフを持ち歩き、日頃は必要ないと言っている友人が困っているときに、ドラえもんの如く、“これ
使いなっ。”と言って手渡し、あると便利ナーイフの布教をしている。(大概、使い慣れてないので4人に1人くらい手を切るが・
・。)

昨今、ナイフを凶器にした犯罪が多く、規制が厳しくなり、世間的にも悪いイメージが多いのはわかるが、ナイフの道具として
の実用性、美術性を子供のうちに親や周囲の人が教え、学び、危なさや、怖さも知ったうえで良い道具として認知されてほ
しいと切に願う。

包丁よりも万能性があり、刀と違って武器に特化したわけでもない“ ナイフ ”は、時に料理、時に工作、時に身を守る護
身具と、使い方の工夫で万能です。けっして、人を率先して傷つけるためにはありません。まぁナイフが悪いんじゃなく、使う
側がしかっりしないとだめなんですけどねぇ・・・。

あくまで私の思い出と考えです。すいません。

                                  RAN-POW  平成23年6月1日


私の祖父は、若い頃「大陸浪人」であったそうだ。

私にとって優しい楽しい祖父であったが、親類や母などの話ではソリャもー大変な人だったらしい。
母に連れられ、祖父母の家に遊びに行くとき、私の楽しみの一つは、祖父の机を漁る事だった。
普通ではない宝物がゴロゴロ出てくるのだから。

その中に、スタッグ・ハンドルのナイフがあった。その、ゴロッとした感触のスタッグ・ハンドルは
現代的な洗練とは程遠く、棒の様に素っ気ないブレードに手を触れると、祖父はスグに拭いた。
触るな、などと言われる事は、一度もなかった。祖父が「虎狩」にも持って行ったナイフだそうだ。

信じられますか…「虎狩」ですョ!スゴイなぁ!!まったく幼かった私に、いろいろな話をしてくれた
祖父は、今でも不動のヒーローNo.1です。私とナイフとの幸運な出会いは、憧れに満ちた
冒険の物語と共にありました。

とっくに50歳を超え、自分が持っているナイフを整理するよう家内に脅迫され、ヤフオクに出品
する私です。内緒で死ぬまで持ってるツモリのナイフを決めかね、結局ゴロゴロ持ち続けるの
でしょう…困ったものです。

                    インディアナ・ジョーンズの孫(もうイイ爺ぃ) 平成23年2月20日


8年前にこちらの『ナイフとの出逢い』に父に肥後の守を贈った話を投稿させていただきました。

私の父は無口で頑固ですぐ怒る人間で、私は父が苦手でした。
母とは普通に会話ができるものの、父と会話をする時はいつもどこか緊張していました。
父に贈る肥後の守を買う時、私は同じものを2つ買いました。父に研ぎ方を教えて
もらう事で、もう少し父に近づけたらという思いがありました。研ぎ方を教えてもらい
ながら、父と長い会話をする事ができました。

父と打ち解ける事ができた私は同じ頃にスパイダルコのレディーバグというナイフを
手に入れました。仕事で毎日使っていたカッターナイフをレディーバグに変えてみ
ました。

私にとって初めてのロック付きナイフだったレディーバグは私にとっては衝撃でした。
こんなに小さいのに、この安心感。この取り回し、使い勝手のよさ。
刃物の研ぎ方を教わる前ならば研ぐのが面倒になってカッターでいいやと思って
いたかもしれません。

レディーバグを大変気に入った私は父にも同じレディーバグを実用ナイフ、日常ナイフとして
贈ろうと思いました。しかしレディーバグは父には似合わないだろうと考え、ジェスターマイカ
ルタを贈りました。

父は2年前に他界し、私の机の中の肥後の守は2つになりました。一つは私が家で使って
いる、いい味が出てきた肥後の守。もう一つは父が大切にしていた、新品同様のピカピカ
の肥後の守。刃が磨り減りハンドルが傷だらけのジェスターマイカルタは私のお守りになりま
した。

息子が小学校に上がったら私の肥後の守を贈ろうと思っています。

                                 バターさん 平成22年2月18日


私の家は荒物屋で、商品の入った荷物を開いたり、紐で何かを縛ったりするのに刃物が必要だった
ため、父は肥後の守をいつも持ち歩いていました。

父は仕事以外でも柿の皮をむいたり、竹細工で何か作ったりとナイフを非常に上手に使いこなす人
で、小学生だった私は「ナイフさえあれば父と同じことが出来る。」と思い込み、父に肥後の守を買っ
てもらいました。

「ナイフを持つならナイフの研ぎ方も覚えないとだめだ。」と言われ、刃物の研ぎ方も父に教えてもらい
ました。小学生の頃は家の手伝い以外にも肥後の守を持って雑木林に行き、友達と弓矢を作った
りして遊んだ記憶があります。

中学生になり、肥後の守以外にもいろいろなナイフがあることを知るようになると、「錆びない」ナイフ
が欲しくなりました。

お店でいろいろナイフを見たのですが、自分の小遣いでは無理なものが多く、結局ビクトリノックスの
ポケットナイフ(スーベニア)を買って使い始めました。大小のブレードが各1枚付いたシンプルなデザ
インで、自分にとっては錆びない肥後の守みたいな感じでした。

高校生の時、ポケットナイフの背中に親指を当てて木を削っていたのですが、親指の力で誤ってブレード
を折りたたみそうになり、ヒヤッとしたことがありました。

ブレードのロック機能のないナイフは使い方によっては,
自分の手を切る可能性があるため、今までずっと
注意して使っていたのですが、作業に夢中になっていてついついやってしまったのです。

今度は「ブレードのロック機能のあるナイフ」を買おうと思い、自分のナイフに必要な要素をいろいろ考え
ました。その当時、私が欲しかったのは、ポケットに入れていて違和感のない大きさで、いろいろな持ち
方のできるシンプルなグリップのデザインで、ブレードのロックが確実で、刃持ちの良いナイフ。

正月開けにお年玉を握り締め、アメ横にあるナイフ屋さんのナイフを全部見る勢いでナイフを買いに出か
け、数百本のナイフを見た中で「ああ、これだ。」と思ったのが、ガーバーサカイのシルバーナイト(300ウッド)
でした。お店では実際に手に持たせてもらい、ハンドルの握り具合やブレードのロックを確かめさせてもらっ
たのですが、自分の求めている条件をすべて満たしていました。

もう20年以上前の話ですが、当時のナイフはアメリカやヨーロッパのものが主流だったため、日本製のナイフ
はどことなくひっそりと売られていました。

そんなに高価ではなかったし、私は迷わず買うつもりだったのですが、お店の人が「日本のナイフももう世界に
通用するレベルになりましたので安心してください。」と進めてくれたのが今も印象に残っています。

私は今、38歳になりました。
高校生の時に買ったガーバーサカイのシルバーナイトは今も現役です。

何度も砥いでいるのでブレードは少し小さくなりましたが、よく切れますし、ブレードのロックも滑らかでかっちり
決まります。22年分ぐらいの思い出が詰まっているので、このシルバーナイトについては砥ぎ過ぎてブレードが
使えなくなる最後の最後まで自分が使おうと思っています。

  鈴木さん 平成21年12月20日


現在、38歳。二児の父です。

初めて刃物にさわったのは小学校に入学する直前。父が「小学校に入るのだから、鉛筆の削り方を教えて
やる」といって、あれはどこだったのか? 肥後の守を買いに連れ出されました。

その足で別の研ぎ屋?に行き、最初の刃立てをしてもらった風景を今も覚えています。家に戻ってから父の
ひざで手を添えられながら、鉛筆の削り方を教えてもらいました。

この「肥後の守」は、たしか中学二年生まで大切に持っていました。研ぎ方を覚えたのもこいつ。竹とんぼ、
ゴム鉄砲、杉の角材を削った木刀。父から教えてもらい、いろんな物をつくり、楽しくていろいろ削り、何度
か手を切りました(小学校三年の時にざっくりやって三,四針縫った後が今でも左手の人差し指に残っ
ています)。

小学校高学年から中学にかけて、夏のバイトはスッポン釣りとクワガタ・カブト売りでした。スッポン釣りって
分からないですよね? 夕方に出撃し、まず、近所のため池でハヤやモツゴを釣った後に真っ二つにして
ウナギ針付けてポイントに投げ込んでおくんです。翌日早朝、あげに行くと掛かっている。それを近所の
料理屋に届けてました。ジュースを一本飲ませてもらい、大きさによって500円〜1000円で引き取って
もらっていました(完全なる天然物。今にして思えばボラれてたかも知れません)。コンクリートの上で、肥

後の守でガシガシと魚切ってました。刃は痛むけど「どうせ研げばいいんだ」と思っていました。ナイフ(刃物)
はあくまで実用品という考えが、今もあります。この肥後の守は、釣りがてらタケノコ掘りに行ったときに落と
してしまい、今はもうありません。18で東京に出てきて気がつけば、昭和50年代に小学校を体験した身
としては希有な年少時代を過ごしているようですが、九州の片田舎ではそうだったのだと思ってください。

その後、高校時代にウェンガーを手に入れ、大学時代までこればかり。バイクの免許を取ってふらりとツー
リング・キャンプをしていましたが、ホームセンターで買った安手の鉈、ポケットにはウェンガーがいつものお供
でした。ウェンガーのモデル名はあとから調べたけども不明。研ぎ減って大刃・小刃ともガタついており、今
は棚にしまっています。さらに社会人になってからは、レザーマンWAVEがメインのナイフになりました。

今年、長男が6歳になったのを契機に、長男にとっては初めて、私としては結婚後初めてのキャンプに連
れ出しました。ところで「円空刀」いいですね。ほかに剣鉈を2本持っていますが、キャンプ使いには大仰す
ぎます。円空刀はぎりぎり薪が割れ、枝を落とせるサイズで、かつ食材をざっくりと切る位の用途に使え、
実用的です。研ぎは最初戸惑いましたが、慣れればたいしたはことない。

キャンプならば円空刀。釣りならばウイッキートラウト&バードをメインに、WAVEを兼用というのが、これ
からの定番スタイルになりそうです。

             
                             新居崎さん 平成21年7月11日 


現在、45歳 3人の子持ちです。

随分昔の話ですが、小学校前に祖父の家に行くと軍刀を半分に切って鉈代わりにしたものなどが
転がっていましたが、これはナイフとは言えないので除外します。

私とナイフの出会いは多分、小学校時代に肥後の守を買った頃だと思います。いつもポケットに入
れていて、色々なことに使いました。ただ、肥後の守はブレードがブラブラしてポケットに入れておくと
刃が少し出てしまったりで痛い思いをしたこともありました。その後、釣具屋で漁業用マキリ(イカ裂
き包丁)を買って、片刃の使い方を覚えましたが、いつの間にかなくしてしまいました。
中学生になってからは安物の登山ナイフを小遣いで買いましたが、なまくらで刃持ちが悪く使い物
になりませんでした。

大人になってからGサカイのAIDA T&B(この頃はブレードが440Cでした)を買い、その造りの良さに
感動した記憶があります。造りの良さから、その後もGサカイのナイフを何本か購入しましたが、これ
らは今でも大事にしまってあります。

この後、しばらくはナイフから遠ざかっていたのですが、37歳ぐらいの頃に友人がシースナイフをほし
がっていることもあり、一緒にナイフメイキングにチャレンジしました。この時に作ったナイフも大切に
しており、時折使う機会があると引っ張り出しています。

その後は和製刃物に興味が移っていましたが、最近またナイフがほしいと思うことがあります。

このように小さい頃から当たり前に刃物があったので、きっと自分が死ぬまで手許には某かのナイフ
があるのだと思います。

                          宮川さん 平成21年4月25日


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